Netflix「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」:ドキュメンタリーに潜む不穏な実話


凄惨な殺人事件を紐解く衝撃のドキュメンタリー映画「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」(英題:Missing: The Lucie Blackman Case)が、2023年7月26日よりNetflixで独占配信される。

この物語は、2000年に起きた英国人観光客ルーシー・ブラックマン失踪事件の波乱に満ちた捜査の内幕を、警視庁捜査一課の刑事たちのインタビューを通して描いた長編ドキュメンタリー作品である。


界的なメディア・センセーションを起こした事件に光を当てる

監督は、2015年公開の『サムライと愚か者〜オリンパス事件の全貌』で日本の企業文化に鋭いメスを入れた山本兵衛が務め、事件解明のためにすべてを捧げた刑事たちと捜査のあらゆる局面で彼らを翻弄した犯人の卑劣な犯罪を浮き彫りにしていく。

原作はノンフィクション作家、高尾昌司による『刑事たちの挽歌 警視庁捜査一課 ルーシー事件』に基づき制作されている。

【初版】【増補改訂版】
刑事たちの挽歌 警視庁捜査一課 ルーシー事件
(2013年発行)
刑事たちの挽歌 警視庁捜査一課 ルーシー事件
(2022年発行)
▲原作となる書籍『刑事たちの挽歌 警視庁捜査一課 ルーシー事件』[Source Images]Copyright © Bungeishunju Ltd.

数十年前の事件を再び呼び起こすきっかけとなったのは、まさに高尾昌司が発表したこの一冊の本だったという。

ニューヨーク大学にて映画制作を学んだ山本監督は、ドキュメンタリー制作のために考慮すべき文化的な複雑さがあることを知っていた。彼はBoston Heraldの取材で、『自分自身にとってまず第一の課題は、親族や被害者に接触できるかどうかということだった』と述べ、事件を世に送り出すチャンスをずっと伺っていたことを明かしている。

この作品は単なる回顧録ではなく、この凄惨な事件が何を意味し、関係者に未だに深い影を投げかけている様を描く衝撃のドキュメントなのだ。


害者のルーシー・ブラックマンとは

[Source Images] ©︎ 1997-2023 Netflix,Inc.

英国人のルーシー・ブラックマン(当時21歳)は六本木のナイトクラブ『カサブランカ』でホステスとして働いていたが、レイプ後に殺害された。

当初、日本の警察は新しいボーイフレンドとバリ島に駆け落ちしたのではないかと推測し捜査は困難を極めたという。ホステスの間では珍しくない出来事だったのだ。


2000年、ルーシーはブリティッシュ・エアウェイズの客室乗務員としての職を離れ、中学時代からの親友ルイーズ・フィリップスと共に日本へ新しい冒険に出る一大決心をした。

2000年5月4日、90日の短期観光ビザで入国した2人は渋谷区のアパートで共同生活を始め、ほどなくして六本木界隈で有名なバー『カサブランカ』で一緒に働くことになった。
所持金の少ない彼女らは、旅費や生活費を借金で賄っていたのだ。

2000年7月1日、ルーシーは“コーワ”と名乗る新しい客と同伴へ出かけると…

彼女は帰宅することなく忽然と姿を消したのである。


ーシー失踪後に何が起こったのか?

[Source Images] ©︎ 1997-2023 Netflix,Inc.

ルーシーは同伴の日、友人のルイーズに『これからコーワとランチに行く』と電話で話していた。実はこの日の夜、ルーシーのボーイフレンドであるスコット・フレイザーを交え渋谷で合流する約束をしており、2人は何度か連絡を取り合っていた。

『あと1〜2時間で帰る』これがルーシーとの最後の会話となってしまったのだった。

約束の時間になっても姿を現さず連絡も取れない状況に、安否を心配したルイーズは、すぐさまルーシーの家族へ連絡。さらに『カサブランカ』や行きつけのバーなどに消息を尋ねた。

その一方で、不法就労がバレるのを恐れ、この時はまだ警察の助けを躊躇っていた。

2000年7月3日、ルイーズは “タカギアキラ” と名乗る謎の男からの電話を受ける。『ルーシーは宗教団体の寮に入り、これから新しい生き方を勉強し修行をする』と告げられ、1週間は出られないことを流暢な英語で説明されたという。

当然、彼女はパニックになりスコットと一緒に麻布警察署へ駆けつけた。その後、失踪から3日後に妹のソフィー、その1週間後に父親のティムが来日している。

[Source Images] ©︎ 1997-2023 Netflix,Inc.

ティム・ブラックマンは娘が行方不明になってから12日後に東京で記者会見を開き、その模様は日本のゴールデンタイムのニュース番組で大々的に報道された。これと並行して、約3万枚の行方不明者ポスターが東京中に配布されたという。


察は当初、捜査に消極的だった…?

[Source Images] ©︎ 1997-2023 Netflix,Inc.

前途したとおり、失踪事件の背後には人間関係が複雑に絡んでいる可能性が高いため、ホステスの間でよくある家出や駆け落ちと警察は示唆していた。

しかし、ブラックマン一家の来日と、サミットのために東京を訪れていた外務大臣ロビン・クック(当時)からの圧力が強まり、日本国民へ協力を促すことに。また、一家は来日中のトニー・ブレア首相(当時)と面会し、日本の首相にこの問題に対するの認識を高めると約束する。

この間、父のティムと妹のソフィーは元駐在員が運営するホットラインを東京に開設し、流失のリスクや内密に報告したいという人々のために尽力した。
一家からは £9,500(当時150万円)の懸賞金が掛けられ、匿名の実業家からさらに£100,000の増額があった。


ーシー・ブラックマン誘拐容疑で織原城二を事情聴取

[Source Images] ©︎ 1997-2023 Netflix,Inc.

失踪からちょうど1ヶ月後、警察署にルーシー・ブラックマンと名乗る人物から手紙が届いた。

“私は自分のやりたいことをして生きているので、そっとしておいて”

しかし、警察とブラックマン一家はそれを虚偽だと断じた。

その後、当局は日本人実業家(後にこの人物はルーシーのポスターが貼られたアパートで遺体となって発見される)を取り調べた後、在日韓国人である不動産管理会社社長の 織原城二(当時48歳/ 本名:キム・ソンジョン)に目をつけた。

織原はルーシーの失踪に関与しているだけでなく、別件で薬物投与とレイプについても容疑がかけられていたのだ。警察は逮捕へと踏み出すが… 男はルーシーと面識があったことは認めたものの、事件への関与は一切否定した。


原が所有地するマンションの近くでルーシーの遺体発見

[Source Images] ©︎ 1997-2023 Netflix,Inc.

失踪から7ヶ月後の2001年2月、ルーシーの遺体は神奈川県三浦市内の油壺海岸にある洞窟で発見された。

その場所は東京からわずか1時間のところにあったが、織原のマンションがある所有地からは数百メートルに位置していた。


ーシー・ブラックマン殺害容疑で織原城二を起訴

TORU YAMANAKA//Getty Images

2001年4月、検察当局はルーシー・ブラックマンに対する準強姦致死罪、死体損壊罪、死体遺棄罪で起訴。

そして、1992年に薬物と強姦で死亡したとされるオーストラリア人女性 カリタ・リッジウェイの殺害容疑と、他の8人の女性に対する性犯罪でも起訴された。


期懲役を言い渡されるが、ルーシー事件は無罪

裁判が大詰めを迎えたのは、ルーシーが行方不明になってから6年後の2007年だった。

2007年7月4日、第一審判決では『証拠不十分』という理由でルーシーに対する準強姦致死罪、死体損壊罪、死体遺棄罪の点で〈無罪〉の判決が下された。
一方さらなる罪として、8人の女性に対する準強姦6件、準強姦致傷2件と、カリタ・リッジウェイに対する準強姦致死罪で〈無期懲役〉の有罪判決を言い渡している。

この時、織原は最終弁論で『ルーシー事件に関して暴行はしていないし、死体を切断することなどしていない。さらには埋めてもいない』と最後まで無罪を主張していたという。

しかし2008年12月16日、控訴審判決公判の結果 裁判所は一審判決を破棄。
織原被告へ改めて、ルーシーに対する猥褻誘拐、準強姦未遂、死体損壊、死体遺棄の点で有罪と認定し〈無期懲役〉の判決を言い渡した。しかし、準強姦致死罪については〈無罪〉とした。

そして2010年12月7日、織原被告弁護側の上告も棄却され〈無期懲役〉が確定した。

─現在70歳の織原城二は獄中にいる。


原がティムへ渡した“お悔やみ金”一億円

一方で、ネット上には “真実究明班” と名乗る謎のホームページ(http://lucies-case.to.cx/)が開設され、織原被告の無罪を主張する情報が何者かによって公開された。

そこには、父親のティムが織原から “お悔やみ金” として受け取った一億円の受領書と上申書が掲載されるという驚きの事実が明らかになったのだ。

そこには以下の和文が記されている。(2006年11月13日付 掲載)

私は織原氏から、私の娘ルーシー・ブラックマンに対するコンドーレンスマネー(お悔やみ金)1億円を受け入れ、受け渡しは今月以下のことを確認し、東京で署名し、行うことに致します。

  1. 裁判は日本の裁判所に委ねます。
  2. 私は、ルーシーの家族を代表し、総額1億円を受け取ります。その配分については、家族と相談し決定します。東京に来る事前に、1億円の5%を以下に明記する私の口座に振り込んでいただき、東京に於いて私は、書面に署名し、残金を受け取りたいと思います。つまり、500万円を補償金として以下の私の口座に振り込んでいただき、残金の9500万円を日本で書面に署名し、受け取りたいということです。

また、裁判所には以下の上申書を提出している。

私は、私の娘ルーシー・ブラックマンの死因が不明であったことや、織原被告のDNA等が一切娘の体内から検出されなかったことや、娘を損壊・遺棄したとされる日時に織原被告が、旅館に宿泊していたことなど知りませんでした。

日本の裁判所に対し、以下のことを上申しお願い申し上げます。

  1. 私の娘ルーシー・ブラックマンの遺体の口の中からあふれ出ていた真っ黒な物質及び頭部を覆っていた真っ黒な物質は、一体何であったのか。
  2. 私の娘ルーシー・ブラックマンの頭部を覆っていたコンクリートの成分分析。
  3. 私の娘ルーシー・ブラックマンが、何時どのように逗子マリーナから油壺に移動させられたのか。

以上、死因及びこの事件が判明できると思われる最も重要なこの3点について、是非調べていただくよう、ルーシー・ブラックマンの父親としてお願い申し上げます。

死因が、判明できると思われる口の中に充満され顔全体を覆っていた真っ黒な物質が、もしも警察、検察によって捨てられたとするのなら、その行為は違法なものであり、娘を愛する父親として、その人間が警察官・検察官であっても、許すことはできません。

2006年9月28日、ティム・ブラックマンは弁護士に言われるまま1億円の現金受取書面にサインした。しかし、この事実を知ったルーシーの実母であり、ティムの元妻であるジェーン・ステアが反応。2007年に1億円受領に頑固反対の意を唱えている。

[Source] COSMOPOLITAN / 書籍『刑事たちの挽歌〈増補改訂版〉 警視庁捜査一課「ルーシー事件」』


警察による執念の捜査を追うドキュメンタリー「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」は、2023年7月26日よりNetflixで独占配信開始。

作品ページ・予告編は▶︎こちらから


◆書籍参照◆
今回インタビューに応じたジェイク・エーデルスタインを含む、多くのジャーナリストがこの捜査に関する本を出版している。(日本語未訳)

・リチャード・ロイド・パリー著『People Who Eat Darkness: The True Story of a Young Woman Who Vanished from the Streets of Tokyo ─ and the Evil That Swallowed Her Up

・ジェイク・エーデルスタイン著『Tokyo Vice: An American Reporter on the Police Beat in Japan

・クレア・キャンベル著『Tokyo Hostess: Inside the Shocking World of Tokyo Nightclub Hostessing

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