Netflixシリーズ「ウラジミール」には、数多くの文学的な引用やオマージュが隠されている。エピソードタイトルから町のベーカリーの名前まで…その多くはアメリカ文学や女性作家の作品に由来するものだ。
原作小説の著者であり、ドラマ版の脚本・クリエイターも務めるジュリア・メイ・ジョナスが、作品に込めた文学的リファレンスの数々についてTudumへ語っている。
エピソードタイトルから町のパン屋まで…
劇中に散りばめられた文学的引用
シリーズの主演レイチェル・ワイズが演じるのは、大学で英文学を教える教授。彼女は新しい同僚にどうしようもなく惹きつけられ、危険なほどに執着していく、禁断の欲望を描いている。
「ウラジミール」には多くの文学的な引用が登場するが、ジュリア・メイ・ジョナスによれば、視聴者がそれらをすべて理解していなくても物語は楽しめるようになっているという。
彼女はTudumの取材に対し、作品の中に他の芸術作品への言及を盛り込むのが昔から好きだったことを明かし、その理由を『自分でもその作品を探して読んでみたくなるから』と説明している。さらにこう続けた。
『もしウラジミールを視聴したことがきっかけで、誰か一人でもスージー・ボイトの本を手に取ってくれたら、それは本当に素晴らしいことだと思います』
─ではドラマにはどんな文学的オマージュが盛り込まれているのだろうか。
たとえば各エピソードのタイトルは、すべて女性作家が書いた小説やエッセイに由来していたり、町のベーカリーの名前は小説『ロリータ』に登場する母親の名前にちなんで付けられているのだ。(この点については、後ほど詳しく触れていく)

こうした引用の数々は、本作が描く〈創作〉〈欲望〉〈女性の内面〉というテーマを、皮肉とユーモアを交えながらより深く掘り下げる役割を果たしている。
文学ネタは“予習不要”
とはいえ、ジョナスはこうした文学作品の引用を『理解するための必須知識ではない』ことを強調している。
『調べたり研究したりする必要はありません。ただ、物語にもう一つの世界を広げてくれる要素なのです。それによってストーリーに複雑さや奥行きが加わる。だって登場人物たちは英文学科にいる人たちですから。こういうことをするのが彼らなんです』
なぜタイトルは「ウラジミール」なのか

シリーズのタイトル「ウラジミール」も、実は文学作品へのオマージュとなっている。その元ネタは、ウラジーミル・ナボコフの小説『ロリータ』だ。
ジョナスはこう説明する。『これは男性が執着する女性の名前がそのままタイトルになっている小説へのオマージュなんです。例えば “クラリッサ” や “ロリータ”、“パメラ”のように』
ただし本作では、その構図をあえて逆転させた。『今回はそれをひっくり返して、女性の視点から描きたいと思ったんです』
『ロリータ』にちなんだイースターエッグ
『ロリータ』はタイトル以外にもイースターエッグ(小ネタや隠し要素)が隠されている。
町のベーカリーは、『ロリータ』に登場する母親シャーロット・ヘイズの名前にちなんで名付けられている。また、物語の舞台となる町ラムズデールも、原作へのオマージュだ。『町の看板が映るかどうかは分かりませんが、この名前は“ロリータ”でハンバート・ハンバートが訪れる町から取っています』
エピソードタイトルに込められた意味
では、各エピソードのタイトルにはどんな意味があるのだろうか。
ジョナスによれば、これらはすべてアメリカ文学に登場する女性をテーマにした作品のタイトルだという。『主人公が自分の授業のシラバスに載せそうな作品をイメージして選びました』
では実際に、どの作家や小説、短編集が引用されているのだろうか。
その内訳を見ていこう。
エピソード1
ずっとお城で暮らしてる
We Have Always Lived in the Castle

このタイトルは、1962年に発表された作家シャーリイ・ジャクスンの心理ホラー小説を指している。物語は、2人の姉妹と病弱な叔父が暮らす一族をめぐる複雑な関係性を描いた作品だ。
ジョナスは、この作品を第1話のタイトルに選んだ理由について次のように語っている。『ある一家が劇的に転落していく物語なんです。描き方はまったく違いますが、第1話にはふさわしいと思いました』
主演のレイチェル・ワイズも、このエピソードのテーマについて同意する。彼女の演じる主人公と、その夫ジョン(ジョン・スラッテリー)は、かつて大学の英文学科で大きな影響力を持つ存在だった。しかし、夫が過去の学生たちから性的ハラスメントの告発を受けたことで、その立場は大きく揺らぎ始める。
ワイズは2人の関係をこう表現する。『言ってみれば、彼らは英文学科の“王と女王”のような存在だったのです』
![]() | 原作の小説もチェック! ずっとお城で暮らしてる Kindle版/文庫(東京創元社) 2007年出版/シャーリイ・ジャクスン (著)、市田 泉 (翻訳) |
エピソード2
目覚め
The Awakening

このタイトルは、1899年に出版された作家ケイト・ショパンの同名小説に由来する。ルイジアナ出身のショパンによるこの作品は、結婚や女性像に関する当時の保守的な価値観からの解放を描き、20世紀初頭のアメリカ南部フェミニズム文学を代表する一つと評されている。
ジョナスは、次のように説明している。『“目覚め”は女性が自分の性的欲望に目覚め、社会における自分の立場を自覚し、社会が押し付ける女性の役割から抜け出そうとする物語。ケイト・ショパンによる古典的な作品ですね』
![]() | 原作の小説もチェック! 目覚め 単行本 (南雲堂) 1899年出版/ケイト・ショパン(著)/宮北 恵子,吉岡 恵子(翻訳) |
エピソード3
最後の瞬間のすごく大きな変化
Enormous Changes at the Last Minute

このタイトルは、1974年に出版された作家グレース・ペイリーの短編集に由来する。中年女性たちの内面や日常を描いた作品集で、収録作の多くはアトランティック誌などの雑誌に掲載された短編だ。
詩人としても知られるペイリーは、サラ・ローレンス大学で英文学を教えていたほか、政治活動にも力を注いでいた。彼女は2007年に亡くなっている。
ドラマの第3話では、主人公がウラジミールの妻シンシア(ジェシカ・ヘンウィック)をプールパーティーに招くが、当日シンシアの代わりにウラジミール本人がやって来るという思いがけない展開になる。
主人公はこれまでシンシアに気に入られようと懸命に振る舞ってきた。プールタオルを探していたなら用意し、娘が風邪気味だと聞けばハチミツを持っていくなど、何かと気を配っていたのだ。
だからこそシンシアではなくウラジミールが現れたこの展開は、主人公にとって大きなショックだった。
![]() | 原作の小説もチェック! 最後の瞬間のすごく大きな変化 Kindle版/文庫(文藝春秋) 1974年出版/グレイス・ペイリー (著)/ 村上 春樹 (翻訳) |
エピソード4
悪いこと
Bad Behavior

このタイトルは、1988年に発表された作家メアリー・ゲイツキルの短編集に由来する。近年のある評論では、『1988年最高の一冊』と評し、別の評論では『なぜBad Behaviorはこれほど優れているのか』と疑問を投げかけている。
女性の内面や時にタブーとされるテーマを鋭い視点で描いた作品であることから、第4話のタイトルとしてもふさわしいものになった。
なお、この短編小説は2002年の映画『セクレタリー』の着想源になったことでも知られ、同作にはマギー・ギレンホールとジェームズ・スペイダーが出演した。
![]() | 原作の小説もチェック! 悪いこと 単行本 (早川書房) 1988年出版/メアリー・ゲイツキル (著) /酒井 洋子 (翻訳) |
エピソード5
あるがままに受け入れて
Play It as It Lays

このタイトルは、1970年に発表された作家ジョーン・ディディオンの小説に由来する。20世紀アメリカ文学を代表する作品の一つとされ、ハリウッドにおける女性の扱いや、社会の中での女性の主体性を鋭く描いた作品だ。
物語は、主人公が精神科施設に入ることになった経緯を、自ら振り返る形で語られていく。
同様に「ウラジミール」でも、ドラマティック・アイロニーが物語の構造に大きく関わっている。第1話の冒頭で終盤に起こる“ある出来事”の一場面が先に描かれ、次のシーンで『…6週間前』と別の時間軸にジャンプする形で物語が進んでいく。
ディディオンは小説の冒頭で、次のように書いている。
─なぜかって? 長い視点で物事を見ようとしない限り、そうした問いに納得できる答えは見つからないのだ。
![]() | 原作の小説もチェック! Play It as It Lays Kindle版/ペーパーバック (日本語未翻訳) 1970年出版/Joan Didion (著) |
エピソード6
苦いから 私の心臓だからこそ
Because It Is Bitter, and Because It Is My Heart

このタイトルは、作家スティーヴン・クレインが1895年に発表した詩『In the Desert』の一節に由来している。ただし、このエピソードが主に参照しているのは、ジョイス・キャロル・オーツが1990年に発表した同名小説だ。
物語は1950年代のアメリカを舞台に、ある暴力事件によって運命が結びついた10代の男女を描いた作品。事件後、彼らの人生がどのように変わっていくのかを人種や階級の違いという視点から描いている。
この小説は、全米図書賞(National Book Award)の最終候補にも選ばれた。
![]() | 原作の小説もチェック! Because It Is Bitter, and Because It Is My Heart ペーパーバック(日本語未翻訳) 1990年出版/Joyce Carol Oates (著) |
![]() | スティーヴン・クレイン全詩集 『In the Desert』の一節は『黒い騎士たちその他の詩行』に収録された詩である スティーヴン・クレイン (著) /管 啓次郎 (翻訳) |
エピソード7
すべて上昇するものは一点に集まる
Everything that Rises Must Converge

このタイトルは、南部ゴシック文学の代表的作家フラナリー・オコナーによる1965年の短編集に由来する。階級や人種といったテーマを掘り下げた作品で、オコナーが39歳で亡くなった後、死後刊行された。
タイトルが示す通り、このエピソードでは主人公が長く待ち望んでいたウラジミールとのランチデートで感情や関係性が一気に交錯し、物語が大きく動き出す。
![]() | 原作の小説もチェック! フラナリー・オコナー全短篇〈下〉 短篇集「すべて上昇するものは一点に集まる」 文庫 (筑摩書房) 1965年出版/フラナリー・オコナー (著)/ 横山 貞子 (翻訳) |
エピソード8
反解釈
Against Interpretation

このタイトルは、1966年に発表されたスーザン・ソンタグの評論集に由来する。同書には「反解釈」のほか、「《キャンプ》についてのノート」などの有名な論考が収められている。
「ウラジミール」のエピソードタイトルの中で、唯一のノンフィクション作品でもあるこの本は、芸術や批評に対する従来の価値観を鋭く揺さぶる作品として知られる。英紙ガーディアンが選ぶ〈史上最高のノンフィクション100冊〉では第16位にランクインした。
ジョナスは、表題エッセイのメッセージについて次のように説明する。
『芸術を体験するときは、意味を考えすぎるよりも、まず “それをどう感じるか” が大切だということです』
そして、このタイトルで締めくくった理由について『シリーズのラストは、重くなりすぎず、どこか楽しい余韻を残す形にしたかった』と説明している。
![]() | 原作の小説もチェック! 反解釈 文庫 (筑摩書房) 1966年出版/スーザン・ソンタグ (著) |
主人公はドラマの中でどんな本を取り上げているか?

作中で主人公が授業で取り上げる文学作品には、従来の価値観に疑問を投げかけてきた作家たちの作品が並ぶ。
例えば、2019年の全米図書賞を受賞した『Trust Exercise』(スーザン・チョイ 著)や、1988年に出版された『ビラヴド』(トニ・モリスン 著)といった比較的新しい作品から、1920年の古典『エイジ・オブ・イノセンス』(イーディス・ウォートン 著)、1938年の名作『レベッカ』(ダフニ・デュ・モーリア 著)まで、時代も作風も幅広い。『こうした作品は、シリーズの着想となったテーマをより深く知りたい視聴者にとって、新たな世界への扉を開いてくれるはずです』とジョナスは語る。
作中で最初に主人公が授業で扱うのは『レベッカ』だ。ジョナスによれば、この作品には「ウラジミール」との共通点が数多く存在するという。
名もなき語り手、破滅的な火事、歪められた認識、そして夫の過去の恋人たちの影に取り憑かれる女性──。
『私はずっとウラジミールを “ゴシック小説のような物語” だと考えていました。というのも強い執着が人の目を曇らせ、何が現実なのか分からなくなってしまう─そんな物語として描いたつもりです』
主人公が恋焦がれる相手であり、タイトルにもなっている人物ウラジミールもまた、ゴシック文学への愛を語る。『僕はゴシック・ロマンスが大好きなんだ。あの執着とか、切ない憧れとかね。妻からは“君はクレイジーな女の子が好きだよね”っていつも言われるんだ』そう冗談めかして語る彼の言葉は、第3話で主人公がテキストを読み解こうとする場面とも重なっていく。
一方、ウォートンの小説は19世紀後半のニューヨーク上流社会という閉ざされた世界を舞台にしている。ジョナスは、主演のワイズとこの点についてたびたび話し合ったという。『彼女は心のどこかで、“イーディス・ウォートンの小説のヒロインのような人生”を夢見ている。でも現実に待っているのは、退屈で平凡な世界。大学という小さなコミュニティも、ウォートンが描いた上流社会の閉ざされた世界とどこか重なるんです』
そして主人公は、この古典文学をZ世代の学生たちに魅力的に伝えることに苦労する。『人間はどの時代でも身体を持った存在です。1900年代の人々だって同じだった─。私たちはついそれを忘れてしまうんですよね』つまり古典文学の登場人物たちもまた、恋や欲望を抱える“身体を持った人間”なのだ。第5話では、思いがけない形でウラジーミルも顔を出し、主人公は『歓楽の家』(イーディス・ウォートン 著)に潜むさりげない官能性について学生たちに解説してみせる。

こうした文学的な引用は、登場人物たちを理解するための独自のレンズとしても機能している。例えばジョンは食料品店のレジで、トーマス・ハーディが『ダーバヴィル家のテス』を執筆のきっかけとなった衝撃的な出来事を明かしたり、学部長代理のデビッド(マット・ウォルシュ)は、オーウェル文学の研究者としての視点から大学の権力や政治を分析していたり──。主人公自身も、チャールズ・ディケンズやジョージ・バーナード・ショーの言葉を引用しながら自分の思いや状況を言葉にしていくのだ。
ジョナスによれば、こうした文学的参照は大学という世界をリアルに描き出すための仕掛けだという。とはいえ、すべてを理解する必要はない。たとえ気づかなくても、この物語の魅力が損なわれることはないのだ。
『金融業界を描いたドラマを見ていると、専門用語がたくさん出てきて“何を言っているのか全然わからない”ってことがありますよね。でも“それが彼らの世界なんだ”と自然に受け入れる。今回も同じなんです。これが、この世界の言葉なんです』
こうした文学的な引用の数々は、「ウラジミール」という物語を形づくる重要な要素でもある。古典から現代文学までの作品が織り込まれることで、ドラマの世界はより奥行きのあるものになっている。
リミテッドシリーズ「ウラジミール」は全8話のエピソード構成でNetflix独占配信中。
作品ページ・予告編は▶︎こちらから















