四六時中ネトフリ生活を送る編集者Tが、毎月Netflixで配信されている作品をピックアップし独自の視点でベラベラ語る企画です。気になったらマイリストへどうぞ!!
今月は2020年に配信されたNetflixオリジナル映画「ワインは期待と現実の味」(原題:Uncorked) を紹介します。
『また、あなたとブッククラブで』のようにワイン片手に読書会をしたり、『プロヴァンスの贈りもの』や『サイドウェイ』のようにワインへ情熱を注ぐアメリカ映画はこれまで何度も目にしてきたが、ワインが黒人の人生に不可欠なものとして描かれることは珍しい。
プレンティス・ペニーの長編映画監督デビュー作「ワインは期待と現実の味」は、よくある家族のいざこざに、ソムリエ志望の才能秘めたアフリカ系アメリカ人がマスター・ソムリエを目指す姿を織り交ぜた、典型的な “ワイン映画” とは一線を画した作品だ。
■人間味あふれ親近感の湧くストーリー
主人公のイライジャ(ママドゥ・アティエ)は父親の経営するBBQ店とワインショップを掛け持ちしながら働くワイン愛好家。マスター・ソムリエになる夢を諦めきれず、超難関なソムリエ試験に挑戦するため学校へ通うことを決意したとき、事態は一転する。
父親のルイス(コートニー・B・ヴァンス)の目には息子がいつの日か自分の店を引き継ぐだろうと考えていた。自分がそうであったように…。
息子の夢をなかなか受け入れられないまま、2人の気持ちは真っ向から対立。無条件に応援してくれる母親(ニーシー・ナッシュ)をよそに、わだかまりが解けない状態がしばらく続くが、ある日を境に父と息子は自分を見つめ直す必要に迫られる…。
父親の跡を継ぐことに消極的な息子という構図はすでにテンプレート化されているが、ワインとBBQの世界を並置することで物語に新鮮な印象を与えている。
一見すると対照的なワインの技術と、最適な薪を選んで肉を焼く技術だが、本質はほとんど同じなのだ。
自分の道を切り開くことや、家族の期待、人種や文化など多くのテーマを扱いながらも、ストーリーは人間味に溢れ圧倒されることのないシンプルな飲み口に心地よさを感じるだろう。
■固定観念にとらわれず、小さな出来事に豊かな質感をもたらす
下層階級や中流階級の人々にとって、ある種手の届かないもの、あるいは「ために」ならないものという考え方はデリケートな問題で慎重に扱う必要がある。ペニーの脚本には黒人男性に対する固定観念や、社会の中で彼らが果たす役割をさりげなく批判しながらも、絶妙なバランスで描かれてるのが特徴だ。
イライジャが通う学校のクラスメイトたちは経済面の不安がないように見えるが、最終的に海外へ行くことになったとき生活費を折半する。ペニーは食の世界に見られる階級差別については深く掘り下げてはいないが、そのかすかなニュアンスが「ワインは期待と現実の味」をより豊かなものにしているのだ。
■真の愛情がこもった魅力的な演技
本作の魅力は言うまでもなくイライジャを演じる主演のママドゥ・アティエ(『アンダーウォーター』、『ザ・サークル』)と父親役のコートニー・B・ヴァンス(『LAW & ORDER』『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』)の演技にあるだろう。
2人の関係はまるでコインの裏表のように隣り合わせで背を向けたままだ。控えめではあるが潜在意識下にある緊張感を鋭く効果的に表現している。
イライジャはコルクを嗅ぎ、父親は肉を切る。それでも家族全員が集まればジョークが飛び交い食卓を賑わせる。
『昨日はソムリエの会に行ってた』『アフリカ?!』『海賊?』『それはソマリアだろ』『なんて?』『ソムリエだよ』『そういえばケリーがソマリア人にIDを盗まれてた』
ユーモアは因習的スタイルによって表現されており、タイミングよく穏やかなトーンで展開されていく。伝統的なアフリカ系アメリカ人のキャラクターに支えられているとはいえ、映画に老若男女が笑えるジョークが散りばめられているは稀なことだ。
イライジャの情熱は人を惹きつけその野心だけは真剣そのものだが、家族の誰もが『ワインとは自分たちの世界と無縁でスノッブ(気どり屋) 』という考えが根底にある。このチグハグこそが面白いコントラストを生んでいるのかもしれない。
■希少ワインではない日常的なテーブルワインを提供
自分の夢を追い求めることが、代償を伴いそれがあまりにも大きいものだったら?
この映画では母親のシルビアが深刻な状況に陥ったとき、家族の絆における真価が問われている。
2人の男をここまでして突き動かすプライドとは何なのか。
その答えは、イライジャにとっての誇りとはキャリアへの情熱と親へのリスペクトであり、ルイスにとっての誇りとは、家族の遺産と愛なのだ。
次第に2人は互いを隔てるものよりも結びつけるものに目を向け始め、真の意味で問題に対処し、理解し、受け入れる結論へと導いていった。
この結末が、たとえ母親の死という悲劇によって引き起こされたものであったとしても、自分の夢を叶えようと行動するのは自分自身だ。イライジャが“自分の意志”で学校に戻ったように。
人生において欲しいものの多くは手に入れることができない。いつ手に入れるかということよりも、手に入らない時に何をするかが重要なのだ。それに、成功したときよりも失敗したときのほうが自分をよく表す。
イライジャの挫折や失敗には、派手さはないが観客の誰もが共感を呼ぶ普遍的なテーマのおかげで物語に全体に親しみやすさをもたらしている。私にとってこの映画は受賞歴のある希少なワインというよりは、満足のいく日常的なテーブルワインを提供してくれたように感じる。
家にこもりがちな今日この頃、前向きな気持ちで簡単に飲み干すことができる「ワインは期待と現実の味」を是非どうぞ。鑑賞前と後ではこの素晴らしい邦題の印象も違って見えるはずだ。
「ワインは期待と現実の味」 家業のバーベキュー店を継がずに、最難関資格であるマスターソムリエになりたい若者。だが、父親の反対をはじめ、夢までの道には様々な障害が立ちはだかる。【視聴する】 |